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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)13号 判決

原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

本願発明の要旨及び先願発明の要旨が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証及び第四号証によれば、本願発明は、「イオン機能の一つが抑制された両性コアセルベート化液状ポリ塩類の三次元的水溶性イオン組成物を用いて乾燥強度の高い紙を製造する方法に関するもの」であり、「コアセルベート化液状ポリ塩類が本来、水不溶性であるにもかかわらず、これにある種の一群の電解質を加えると、これらの間に錯化合物が生成し、水溶性のポリ塩錯化合物を得ることの発見から始まる」ものであることが認められる。

(原告主張の1の点について)

本願発明におけるポリ塩類は、本願発明の要旨に示されているとおり、コアセルベート化液状体である。しかして、「コアセルベート」とは、成立に争いのない乙第一号証(共立出版株式会社発行の化学大辞典)によれば、親液コロイドにみられる脱混合現象において分離したコロイドに富む液相をいうものと認められる。そして、コロイドは、本来その液相媒体中に物質が微粒子として分散しているものであつて、不溶性であると解されるところ、本願発明において液相媒体が水であることは本願発明の要旨から明らかであるから、本願発明におけるポリ塩は水不溶性であるということができる。このことは前掲甲第四号証(手続補正書)第三頁八行目ないし一〇行目の「コアセルベート化液状ポリ塩類が本来、水不溶性であるにもかかわらず」との記載に照らしても肯認されるところである。

これに対し、先願発明における複合体は、成立に争いのない甲第八号証第一頁右欄一一行目ないし一六行目の「ポリアクリルアミドのアクリルアミド単位の少くとも一%をアクリル酸型に変性させれば、これにより陰イオン性を附与することができ、したがつて強い陽イオン性を帯びたポリエチレンイミンと作用させて容易に水溶性の複合体を形成させることができる。」との記載に徴すれば、水溶性であるということができる。

もつとも、前掲甲第八号証によれば、先願発明の明細書中には、「興味ある事実として、両イオン性のバランスが取れた時にはその水溶液は白濁を生ずることが認められた。この白濁は一定濃度(例えば一%液)において強く現われ、その濃度より大になるにつれて、又その濃度より小になるにつれて消失する。白濁はまた加熱により消失し、白濁溶液に酸又はアルカリを加えても両イオン性のバランスがくずれる結果消滅するものである。」(同号証第二頁左欄七行目ないし一五行目)との記載があり、先願発明においては複合体の白濁現象が認められるが、右の白濁は、一定の濃度において生ずるものであつて、その前後の濃度においては消滅するものであることが明らかである。そうであれば、右の白濁は本願発明におけるコアセルベート化とは異なる現象と解すべきものであり、先願発明における複合体が水溶性であるとの前記認定を左右するものではなく、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

右のとおり、本願発明の「ポリ塩」が本来、水不溶性のものであるのに対し、先願発明の「複合体」は水溶性のものであるから、両者は物として別異の性質のものというべきである。

そうであれば、審決が「本願発明の構成要素(a)は、先願発明の複合体を包含する。」としたのは、誤りというべきである。

(原告主張の2の点について)

本願発明が「抑制剤」を構成要件としているのに対し、先願発明が「抑制剤」を構成要件としていないことは、それぞれの発明の要旨に照らし、明らかである。

しかして、本願発明においては、構成要件である「ポリ塩」が、前述のとおり、水不溶性であることから、これを水溶性とするための「抑制剤」を用いることは必須の要件であるのに対し、先願発明の「複合体」は前述のとおり、水溶性であるから、「抑制剤」を用いることを必要としないものである。

したがつて、両発明は、「抑制剤」を用いるか否かの点で相違するものというべきである。審決が、先願発明は使用態様において抑制剤を必然的に用いるものであり、結局、本願発明と先願発明とは使用する剤において軌を一にしている、とした認定判断は、誤りというべきである。

以上のとおり、本願発明と先願発明との一致点に関する審決の認定判断は誤つており、これを前提として、両発明が実質的に同一のものであるとした審決は判断を誤つた違法のものというべきである。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の要旨

セルロース製紙用繊維の水性懸濁液を作り、上記水性懸濁液に、

(a) 通常水溶性のポリ陰イオン性重合体と、通常水溶性のポリ陽イオン性重合体との重合比が95:5ないし5:95で、且つそれらの重合体の少なくとも一つが弱電解質で10-3よりも少ないイオン化定数を有する上記ポリ陰イオン性重合体と上記ポリ陽イオン性重合体とからなるイオン的に自己交さ結合した通常コアセルベート化液状両性電解質のポリ塩と、

(b) 該ポリ塩を水溶性とするに十分な量の水溶性イオン化抑制剤とからなる、ポリ塩の錯化合物水溶液を加えることにより該繊維上に該錯化合物を沈着させ、該懸濁物を抄いて紙匹を作り、該紙匹を約八七・八℃ないし一二一・一℃(一九〇°Fないし二五〇°F)において乾燥する、ことを特徴とする乾燥強度の改良された紙の製造方法。

本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願発明の優先権主張日前の出願に係る特願昭三七―一七〇九四号の発明(昭和三七年四月二六日出願、特公昭四一―一八四〇一号、特許第四九三二九二号。以下、この発明を 「先願発明」という。)の要旨は、次のとおりである。

「ポリアクリルアミドのアクリルアミド単位の一部をアクリル酸型に変性させたポリマーと、ポリエチレンイミンとから成る複合体を主成分として成る紙及び繊維等の加工処理剤」

両発明を対比すると、本願発明の構成要素(a)は、10-3よりも少ないイオン化定数を有するポリ陰イオン性重合体の水溶液と、ポリ陽イオン性重合体の水溶液とを混合して作られるが、10-3よりも少ないイオン化定数を有するポリ陰イオン性重合体は、本願発明の明細書、とくに例1の記載からみて、アクリルアミドとアクリル酸との共重合体であつてよく、また、ポリ陽イオン性重合体もポリエチレンイミンであつてもよいものと解される。そして前記アクリルアミドとアクリル酸との共重合体は、とくに共重合形成が特定化されていない点からみて、ポリアクリルアミドのアクリルアミド単位の一部をアクリル酸型に変性したポリマーであつてもよいものと解される。他方、先願発明の複合体は、その特許公報第一頁右欄の記載からみて、両性電解質のポリ塩と解される。したがつて、本願発明の構成要素(a)は、先願発明の複合体を包含する。

構成要素(b)は、本願発明の明細書第三頁六行目ないし一〇行目、第六頁中段ないし第七頁上段及び第一三頁一五行目、一六行目の各記載からみて、両性電解質のポリ塩を安定に溶解させるため酸、アルカリ又は強電解質からなるものと解されるところ、先願発明も、その特許公報第二頁左欄上段及び第三、第四頁の「両性イオン性のバランスが取られたとき水溶液は白濁を生ずることが認められた。この白濁は、……酸又はアルカリを加えると……消滅する」等の記載からみて、両性電解質のポリ塩が沈澱したとき、その溶解のために構成要素(b)の酸又はアルカリを加える必要があるものと認められる。したがつて、本願発明の構成要素(b)も先願発明の使用態様において必然的に用いられるものである。このように、使用する剤において本願発明と先願発明とは軌を一にしている。

これに対し、本願発明と先願発明とは、(1)前者が、紙の製造方法であることに伴つて、セルロース製紙用繊維の水性懸濁液に、上記剤を加えることにより繊維上に前記剤を沈着させ、この懸濁物を抄いて紙匹を作り、その紙匹を約八七・八℃ないし一二一・一℃において乾燥することを要件としているのに対し、後者ではそれを要件としていない点、(2)前者が紙の製造方法であるのに対し、後者が紙及び繊維等の加工処理剤である点で相違している。

そこで、上記相違点について検討するに、先願発明の剤は、その特許公報の記載によれば、製紙ビーター添加剤として有用であるとのことであるが、この添加剤は、ビーター向上剤でなく、繊維上に付着して紙匹の性質を向上せしめる剤であること、及び同公報記載の実施例では、全てパルプスラリー、即ちセルロース製紙用繊維の水性懸濁液に添加が行なわれていることから勘案して、同剤の添加は、セルロース製紙用繊維が水性懸濁液状態にある間になされるものと解される。また、乾燥温度範囲も通常の製紙工程において通常に採られる乾燥時の温度範囲(昭和三九年六月一〇日工学図書株式会社発行、村井操外一名著「製紙工学」第三五五頁参照)に該当し、本願発明の明細書をみてもその温度範囲の限定に格別の意味は認められない。以上のように、剤の添加時に実質的な差がなく、また乾燥温度も単なる周知手段にすぎないから、上記相違点(1)には実質的な差はないというべきである。

次に、本願発明には上記のように、方法として格別の意味が認められず、また、本願発明と先願発明とは、両明細書の記載に徴して明らかなように、紙の乾燥強度の増大等その目的ないし効果を同じくしていることから、両者には方法と物との表現上の差異があるとしても、技術的思想において差異がなく、上記相違点(2)は、単なる表現上の差異というべきである。

そうであれば、本願発明は、先願発明と実質的に同一であり、特許法第三九条第一項の規定により特許を受けることができない。

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